
□ あれ?しかし土田さんって何年現役だったんでしたっけ?
T 34年。
□ 34年!?...すげぇっすね!
T 冗談じゃないよ。ただ図々しくやってただけよ。
□ もっと長い方っているんですか?
T 50年って人いたよ。
□ えぇぇぇ~っ!!ごっ..ごっ....50年!?
T うん、家の近所の人だけどね。ちなみに俺の同期でまだ頑張ってる奴もいるよ。
□ 何ていう方ですか?
T 栗田岳文っていう奴だよ。60歳だよ。
□ はぁ~、凄いですね...。土田さんの時って階級は何クラスあったんでしたっけ。
T 俺デビューした時は、A級1班2、3、4、5とB級が1、2。だから7クラスあった。今は変わりすぎて解らないな。
□ Sは無かったの?
T Sは無い。今のS級ってのは、その時のA級2班までの事。俺そのA級2班に居たんだけど、でも大した事ねーよな~、3年位しか居なかったんじゃないのかな。
□ 階級は年で変わるんですか?
T 違うよ、4ヶ月ごと。ところがね、今は半年ごとになっちゃたよ。
□ そうなんだ...。何歳位の時なったんですかA級2班。
T 20代の時にいてね、んでその後子供が生まれてから、これじゃあいけねーってなってがんばってね、また30代にもなった事ある。
□ 返り咲いたわけですね。
T そう。
□ では次の質問なんですが自分でお店を始めたキッカケを教えてください。
T 最初はお店じゃなくて、車で競技場の近くで売り歩いてたんだ。ん~37年前仙台に来て、早い話当時ままともに車輪組める自転車屋がなかった。競輪って転ぶじゃない?そのまま帰ってきて、近くに某自転車屋があってそこに持っていくんだけど全然駄目なのよ。そんなのがあってからかな、じゃあ自分んでやった方が良いのかな?って思い始めたんだ。
□ そこから二足のわらじってわけですね?
T そう、二足のわらじ。27、8歳からやってたんだ。当時趣味でカートもやってたせいもあるけど、乗ってた車を売って広い方が良いってタウンエース買ったんだ。
□ 多趣味ですね。
T 色々やったよ~。全部やった。射撃もやってみたくて、ライフル銃買うべと思って随分通ったけどライフル銃買えなかったなぁ~...。免許取れなかったからな。んで次はアクアラング。一式買って海潜ったりして。まぁそれは40年も前の話だけどな。趣味で金かかるからさ、どっか他で儲けないとなって思って始めたんだ。始めはチューブラータイヤ10本からでチョロチョロ売って、少しずつ在庫増やしていって。だから資本金はかけてないんだよ。んでね~ちょっと儲かれば良いなって思ってたから適当に売ってたんだこれがまた。競技場の近くで売ったりしてるから既存の仙台市内の自転車屋からしてみりゃ面白くなかっただろうによ。種蒔いたのに俺から金とられていく様なもんじゃねーかよな...。悪い事したよなぁ。と言いつつ競輪選手やりながら、東北6県売り回ってたな(笑)。そうしてるうちにいつの間にか趣味をやんなくなった。
□ このお店OPENさせたのはいつなんですか?
T 約20年前。昭和63年7月29日だったかな。でも毎日店に居るのはここ5年だよ。店やって20年になるけども、そのうち15年はずっと競輪で色んな所行って売りながら歩いてたから半分もこっちに居なかったんじゃない?
□ その間は誰がお店を?
T 奥さんだよ。奥さんがいたからこのお店を続けられたようなもんですよ。
□ 土田さんが一番好きなフレームは何ですか?
T 一番長く乗って、一番一着穫ったのはエベレストだよ。でもまぁ今造るの辞めちゃったからね。
□ エベレストを乗り始めた理由は何なんですか?
T 一番細かく奇麗に造ってくれるメーカーだからだよ。
□ そういうのってやっぱり選手の中でも「こりゃいいぞ!」とか噂にもなるんですか?
T そりゃそうだよ!でも金額高いからみんななかなか造らないよ。だから俺も最後までずっと乗ってたんだけどさ、あまりにも高いから降りてボーグにしたんだよ。あとね、商売やってる身だから1つじゃなくて色々なメーカーのものを乗ってみないと解んないでしょ?ウノやプレスト、ナガサワとかも乗りましたよ。俺はその中でもやっぱりエベレストだったね。単純に観て一番カッコ良いなって誰でもあるじゃん。ただ、オフセットって直進性やハンドルのキレとか自分に合った細かい調整も考えないと駄目だから、カッコ良さばかり追求しても駄目なんだけどね。普通ナガサワはそこまで細かい調整受けないからホントに知ってる奴は乗らないよな。中野浩一が乗ってるっていうイメージで乗ってる人が多いんだけど、決して俺はそんな良い自転車とは思わないけどね。