
□ 試験までの練習はどのくらい期間があったんですか?
T 3月3日が試験日だったから1ヶ月半しか無かったんだ。でもね、なんとか試験クリアして1次試験受かったんだ。
□ あれ?何次試験まであるんですか?
T 2次試験までだよ。また1000Mと3000Mのタイム計るんだよ。学科試験は1次しかないけど、当時高卒すら少なかったから問題の易しい事よ。全部90点以上は取れたな。でも強い奴は大抵頭悪いやつ多くてよ、そのお陰で受かった様なもんだけどさ(笑)2次試験も何とか受かったけどさ、高校時代水泳の関東大会でビリだったけど決勝までいった事や、仕事では穴堀ばっかりやってたっていうので、普通の人よりは体力には自信があったっていう勘違いがあってさ、無謀っちゃ無謀だったな...。
□ でも凄いですね!何人中何人が受かるんですか?
T 受験者数が700~800人って聞いたなぁ、その中から100人が合格。
□ 競輪学校ってどこにあったんですか?
T 伊豆の修善寺にあるんだけど、俺達の前は東京にあったんだよ。でもそこで訓練しきれないという事で伊豆に作って、その年の7月11日の開校記念日に俺達入ったんだよ。
□ 競輪学校は具体的に何をするんですか?
T 自転車の訓練は当たり前だけど、競輪ってギャンブルでお金を賭けるよね?普通賭け事って御法度だよな。競輪はなんで御法度じゃないのかは、きちんと法律に基づいた上で不正が無いようにやるからなんだよね。
□ 八百長とか?
T そう、ギャンブルとなると不正を働いたりするいい加減な奴とか出てくるだろ?そういうのはあっちゃいけないという事で、ちゃんと競輪学校っていう所で訓練してますよっていう所なんだよね。
□ 相当厳しかったですよね?
T そりゃもう。自衛隊と一緒だなありゃ。国旗掲揚毎朝やって、朝晩で点呼やるんだけど、朝俺いつも帽子をどこやったか忘れちまうんだよ!
□ 忘れるとどうなっちゃうんですか?
T そうするとな「キサマ帽子どーしたんだっ!!」てすぐぶん殴られるんだよ。
□ キサマって言われちゃうんですね、戦時中ですね...。
T そうだよ、そうやっていじめる教官が多いんだよ、元競輪選手でよ...。ちょっとなんかあるとすぐぶん殴られるんだから。今はぶん殴ると「先生訴えます」って言われちんだってよ(笑)ほんでな、靴のカカトなんか潰して履いた日にゃ靴無くなっちゃうんだから。さぁ出よう!ってなると「あれっ!靴がない!」ってなっちゃうんだよ(笑)教官が、まともに靴履けない奴は靴いらねーだろって言うんだよ!んでしょうがないから裸足で出て行くと「キサマ!靴どうした!!」って言うんだよ(笑)テメーでかっぱらっておいて何が「靴はどうした!!」だよな。
□ 一同(爆笑)
T そういう規律もちゃんと守りましょうっていう訓練があってね。競輪をやっていく上でどういう法律が、ああなってこうなってっていう試験とかもあるのよ。
□ 叩き込まれる訳ですね。
T そう、自転車乗るだけじゃないの。そっちの方が厳しいんだ。だってね、酒飲みに行ったりとかしてヤクザにあってとか、そういうのもあっちゃいけないだろ?そういう行動の指針とかあったりしてな。そういう細かい事までうるさく言うんだよ。あと一般教養とかも身につけなさいとかもね。
□ なるほど...。
T そんで最終的に、そういうのを含めた試験をやって卒業するんだ。
□ たくさんあると思いますが、現役時代に1番辛かった事は何ですか?
T 辛かった事ねぇ...怪我して痛いくらいのもんか?
□ じゃあ競輪学校時代では?
T 競輪の基本訓練なんだけど、速く走るには足の回転力を上げなきゃいけないから、ギヤ比を軽くする為にギヤを48×20位にしてバイクの後ろに付けてグルグルグルグル走らせるんだよ。そうするとね俺そういう訓練してなかったからさ、両足の太ももの内側がサドルで股擦れしちゃってさパックリ縦に裂けたんだよ。
□ 痛そっすねぇ.......。
T でも、自転車に乗らない訳にはいかないだろ?痛いんだからっ!!もうパンツに当たる度にね、擦れっから痛くて痛くて飛び上がってたよ。ずーっとがに股じゃないと歩けなかったし風呂なんか絶対入れない.....もぅ、ホント......それが痛くてさぁ...。
□ 土田さんっ!辛いっていうか、痛いっじゃないですかそれ。
T うん、辛いなんて事俺無いもの。そういう人生だもん。辛いなんて思ったら生きていけないですよ。
□ ...なるほど。
T 辛ければ、それを克服すれば良いと思って。ん~何て言うかね。昔から今もなんだけど、俺の基本は何でも前向きなんだよ。痛いと思えばこれも一つの過程、勉強だと思うしかない。
□ 最初の頃とか、それでも何か壁にぶつかった事とかはありますか?
T ん~...一番最初の頃、駆け引きっていうのが解んなくてね...。競輪って9人で走るんだけどさ、水泳とかみたいに自分のコースがある訳じゃないし、実力あれば必ず勝てるっていうもんでも無いんだよな。自転車の実力を100持って全てが万全だとしても、勝てない時があるんだな競輪は。俺それが最初解んなくてな。後から考えたらホント俺バカだったなって思う事がたくさんあったよ。全てが勉強だった。俺の戦法は、先攻逃げ切りっていうやつで、人の後ろくっ付いてってチョロって抜くんじゃ無いんだよ。常に自分から前に出ていって勝つってのが戦法だったから、人をあてにしちゃ駄目なんだ。と、言いながらも敵が企んでる事とかをうまく利用するようなやり方を考えなくちゃいけない。必ずしも戦場がバンクの上だけっても限らないしな。あと競輪場といえば当時全国に50ヶ所あって、それぞれ大きさも個性も違うからそういうのも考えながらやんなくちゃない。段々順調に勝ててたけど、デビュー戦は何も解んないから失敗したよ。苦い思い出もいっぱいあったけどまぁでもそれすらが良い勉強だったよ。