
□ よろしくお願いします!
Tsuchida(以下T)ども~。
□ 自転車との出会いを教えてください。
T 物心ついた時から家にあった自転車を乗り回してたなぁ、つっても三角乗りで。三角乗りわかる?
□ う~ん...。わかんないっす...。補助輪ですか?
T 違うよっ!え~?、三角乗り知らない?そっか、50年くらい前には今みたいな子供用自転車ってそんなに無かったの。みんな大きいからサドルに座れなくて、フレームの三角になった所に足通して乗るんだよ。それを三角乗りっていうんだよ。んで、三角乗りで乗ってたら、8歳くらいの時におじさんがオンボロの子供用自転車持ってて、それを修理してくれて乗るようになったんだよな。それがちゃんと自転車に乗るキッカケだったな~。それからもうずっと乗ってますな~。
□ 中学校、高校でもずっと乗ってたんですか?
T うん、乗ってたよ。中学校は歩いてすぐだったんだけど、その時に新聞配達をして自転車を買ったな。
□ へぇ~。じゃあ自転車の部活とかには入ってないんですか?
T いや、俺は小学校は水泳やってて、6年生の時に水泳の大会に出て。まぁ、市内で1位になってそれからなんか変な勘違いをおこしてさ。俺は速いんだ、強いんだっ!て思って高校の3年までずっと水泳。
□ 水泳なんだ!!(笑)
T はい。んで、高校3年の時友達と二人乗りして坂道を下ってたらさ、信号無視して車にはねられてさ(笑)。今でも忘れない6月7日だよ。足がこんなに腫れちゃって動けなくなっちゃって入院を余儀なくされて。
□ 折れちゃったんですか?
T えっ?折れたんじゃないよ、筋肉断裂になってさ。それで水泳を辞めなくちゃなんなくなったんだよ。その時プールに通うのに先輩から5千円で買った10段変速の自転車に乗ってたんだよ。毎日学校もそれで通ってたんだよな。学校まで何分で行けるとかさ、いっつも遅刻ギリギリで行ってたんだけどさ(笑)んで、ある程度自転車は乗れるなぁとは思ってたんだけど、まさかあんな交通事故になるとはなぁ。事故の後も水泳はやろうと思ってて、翌々は水泳のコーチになりたいとも思ってたんだよ、ずーっとさ。
□ はぁ、なるほど。
だって高校3年の時にインターハイに出られればさ、ねぇ、某大学に推薦とかで勉強しなくても入れると思ってたから(笑)。そうそう(笑)ほら当時は水泳のコーチになるには、大学いって学校の先生になるのが一番いいと思ってたから、学校の先生になりてーなーなんて思ってたんだ。
□ それで大学いったんですか?
T で、親に大学いきたいんだけどって言ったら「いっていいよ」って言うんだよ。いっていいよって言うから「おー、やった!」って思ってたら、いってもいいのは国立だけだって言う訳よ(笑)。他は金が高くてダメだって言うんだよ。その時親父のある知り合いの人が、競輪選手になりたくて頑張ってたんだけどなれなかった人がいたのよ。その人がもう自転車いらないからくれたんだよ、競輪用のね。それからずっと家にあったんだけど俺そんなの乗る気しねーしさ、その時は。
□ あまり興味がなかったと?
T ところがね、その当時大宮も競輪場で「バッチテスト」ってのがあってさ、素人集めてバンクでやる大会なんだけど、1000Mタイムトライアルすると何級とかの級があってねバッチくれるんだよ、その級ごとに。
□ 大宮?
T あぁ、俺その時埼玉の川口で育ったから。 俺は水泳部なんだけど、友達に自転車部のやつがいたんだよ。そいつに貰った自転車の話をしたらそれに出てみろって言うから出てみたんだよ。しかも貰ったのじゃなくて10段変速の方で。始めの1周シャ~って走ったんだよ。
□ ギヤチャリで?。
T うん。最初の1周は大した事ないなと思ったら2周目びっくりする程苦しくなって体が全然動かないんだよ!結局俺が1分36秒で自転車部の友達は1分23秒って、俺より10秒以上速かったんだけど。何より1000Mってこんな辛いんだ、苦しいんだって思ったんだよね。競輪なんてその当時知らなかったしギャンブルってのも知らなかったからさ。その後2回くらいバンクに行ったかな~?一応高校はギリギリ卒業出来たんだけど、国立の大学は勉強はしてないからいける訳ねーよな。そんで3ヶ月くらい何しようかな~ってブラブラしてたんだ(笑)そしたらちょうどその自転車部だった奴がさ、神田のデローサとか扱ってる自転車の問屋で働いてて、人手が足りないからお前手伝ってくれよって言うのよ。俺も自転車好きになってたからそこで働きだして、稼いだ金全部つぎ込んでロードレーサー1台組んだんだよな。それは未だに持ってるよ、オールカンパニョーロだよ。国産は車輪回すと「ゴリゴリゴリ~」って回るんだけど「サ~ッ」って、その頃1番良かった。そん時はその為に働いてた様なもんだな。
□ じゃあ長い間そこで働いてたんですか?
T いや、その後おじさんが来て、お前そんな所で働いても将来無いんだからおじさんの所で働いた方が良いから!って言われて、とりあえず臨時雇いだったけどおじさんの口利きで入ったんだよ。何とね、東京ガスっていう大きな会社だよ...。でさ高校の先輩がそこに就職してて「お前みたいなバカな野郎が入ってきたらうちの会社潰れちゃうよ!」って必ず言うんだよな。俺も「そんなバカじゃねーよ!」って言うんだけどさ、まぁ学生時代ははろくに勉強しないで水泳ばっかりやってたから言われてもしょうがねーなって思ったけどさ(笑)。仕事は仕事で、毎日毎日穴堀って鉄管繋げさせられる事ばっかりさせられたよ...。色々考えさせられて悩んでた頃だったよ。昭和42年の暮れだったな、高校時代に凄い自転車の強い同級生がいて、そいつがひょっこり俺の所に来て「お前も競輪選手になんないか?」って言ってきたんだよな。給料も今の5倍はなるって言うんだよ。
□ 夢の様な話じゃないですか!
T そうだよ、親父はずっと狭い借家に暮らしてたしさ。こりゃ良いや!このままここに居てもしょうがないな!ってなって昭和43年の1月14日に辞めたんだよ。今思えば、親父はよく反対しなかったなって思うよ。親戚の顔もあるけど自分で考えて決めた事だからって説明したら「お前の人生だしそれはお前に懸けるしかないからな」って理解してくれてさ。そんで次の日から毎日だよ、自転車練習。慌てて出した競輪学校の願書は、ギリギリ間に合って通ったんだけどね。試験の内容は1000Mと3000Mと学科試験があって1000M1分24秒切らなきゃいけないんだけど、これがまた1分30秒で、3000は4分28秒切んないといけないんだけど、タイムが全然届かないんだよ。まぁ、毎日200キロ走ってれば何とかなるって思ってやってたんだけど...。毎朝8時に家出て、帰ってくるのは真っ暗になってたからな。そんな事やっているうちに、ここの鼻の頭に傷あるだろ?
□ はい...
T これな止まってる車に突っ込んだんだ。それから前見るようになったんだ(笑)。
□ 一同(笑)
痛かったんだからこれ。向かい風ビュービューで前見れなかったんだよ...。